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 横浜より縄文時代の青森へ 


 建築の設計に携わってから早いもので、54年に成る。
昭和の日本の高度経済成長に関係する生産設備、住居施設の住宅・集合住宅・公共建築と関係し、デザインの刺激の為の海外研修、最近では日本を巡り、世界史・日本史と楽しんでいるが、沢山の人の本を読み歴史は楽しいものでのめり込んで
来ている。

邪馬台国 卑弥呼→大東亜戦争→ローマ時代→日本史 秀吉→イスラム→中国→韓国→日本人→縄文→今後の日本はどうあるべきか(世界史と日本史は一本にすべきだ)


 三沢空港に着いた。アメリカ軍、日本軍、民間の共用になっている。軍施設が沢山あって民間の空港と感じない。どうして三沢に軍の施設が出来たのだろう。雪が多く、冬は寒いのに。日本にはアメリカ、日本軍の施設があちこちにある。

 今まで縄文時代の事はほとんど知らなかった。日本の歴史は弥生時代以後だと思っていたが縄文時代ガイドブックで色々と知る内に、青森縄文王国に辿り着き、そこへ行く事にした。
寒冷期があった18,000年前より温暖期、寒冷期、温暖期と繰り返され縄文早期には青森津軽半島 大平山T遺跡が16,000年前で一番古い。

 空港より三沢市の歴史民俗資料館に行く。ほぼ平地な道を車で走り、雑木林と小川原湖を眺めながら縄文時代を想像する。古代神世の昔、寒冷期はアジア大陸と日本を氷でつないでいたのだろうか。マンモスが日本に来て骨が発見されている。考古学では遺跡の調査と遺物は別物と言われている様だが私は両方が大切と感ずる。

 土器と生活用品の展示された物を見て、古墳時代、日本書紀、古事記の時代とあまり変わりがない。縄文時代も日本の歴史書、教科書に普通に乗せるべきと考える。その当時漆を使ったものが数多くあり、又縄文後期の亀ヶ岡時代のすばらしい日用品は現在に通ずるものがある。
西暦2014年現在と縄文早期BC9500年を通期として11,514年と表現するべきである。

旧石器時代は発見されたものが少なく、捏造が多いという事で問題があるのではないか。日本として長い歴史があることを世界にPRし、日本に来てもらうようにしたら良いのではないか。


 長七谷地貝塚へ是川縄文館の前に行く青森は、関東の道路に比べ道巾は広く、車線も多い雪国と感じた。道は空いている。長七谷地貝塚は調査後埋め戻され工業団地の中にあり海との位置関係を想像し、縄文人の行動を想像すると楽しい。是川縄文館は中居遺跡の発掘に尽力した泉山兄弟の資料が沢山ある。館の付近を見渡すと昔の景観が素晴らしい所だったと想像できる。

女性の形をした土偶があるが、お腹が大きいので妊婦であろう。昔は子供の誕生が難しかったので神様にお祈りをするために土偶を作ったのではないか。土器は漆塗りの朱いものと松で焼けた黒いものがある。
是川は八戸にあるが、青森には一戸から八戸まで地名がある。四戸はない様だ。


 次の日、山内丸山遺跡に行く。1994年に巨大な集落跡と膨大な出土品が出、又直径1mものクリの巨木を使った6本の柱が出て全国的に有名に成った。当時の状況を創造し建物が建っている。柱が伊勢神宮と同じく、埋込式に成っている。

縄文時代は、早期、前期、中期、後期、晩期と分けられているが山内は前期の中頃今から5500年程前から4000年頃まで、1500年間生活していた。埋込柱だと長くは保てないので、何度も建て直していたことだろう。同じ場所に建てると仮使用が出来ないので伊勢神宮のように場所を変えて建替えていたのだろう。
大型掘立柱建物は青森周囲の海まで見渡せる様に成っていたという事であるが上に乗れないのではたしてどうなのか。

建物は高床式と地盤より60cm程度下がった床がある。高床式は動物の侵入防止、低い床は室温を守るためなのか。雨水が入らない様に外にみぞが必要になる。広さ約35haある中に道路、住居、貯蔵施設、墓地、捨て場がある。食べ物としてクリやどんぐり、トチ、クルミが管理されていた。
大型竪穴式住居は集会に使われていたのか。今現在も発掘調査が進められているので今後何か楽しいものが出て来るのか。展示物の中に女性の日常装飾品があるが今とあまり変わりはない。

 つがる市木造亀ヶ岡考古資料室まで距離があるが、五所川原市経由で行く。この辺りに来ると人が少なく自然を感じる。田んぼの中の道のような、のどかな所である。大溜池のそばに建物があった。1台の車が見学から帰る所だった。3000から2300年程前の縄文晩期、亀ヶ岡遺跡は美術品並の土器が沢山出土している。
有名な遮光器土偶は東京国立博物館所蔵に成っている。

資料室の展示品は、農家の人達が仕事中に見つけたものが多い。現在一戸さんが縄文土器をモチーフに沢山の作品を展示されているが、アトリエ店舗に伺い縄文文化を思い起こせるぐい飲みを購入し飲んでみた。
はじめはざらざら感が気に成っていたが飲み慣れるとあまり気に成らなくなり日本酒を楽しんでいる。この頃から酒があったと物の本で読んだが本当だろうか。


 最後に青森県立郷土館に行ったが、中々立派な展示場だった。
  
一戸さんの作品

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